twitterに向いている人・向いていない人の性格タイプはあるのか

■本題と全く関係ないことですが

書きたいのに忙しくて時間がなくてブログが書けないという感覚がまったくないのですが、じゃあなんで更新間隔が開いてしまうのかという理由をまったく説明できないことに気づきました。書くことはあるのに、書く気がないという感じなのか…。

■本題へ

ある日ふと思ったんです。ツイッターって、たとえツイッターがなくても「つぶやき」をする人のためにあるサイトではないのかと。

何もなくても独り言をいったり、TVに向かって喋ったりする人のことです。相手が居なくても常にしゃべっている人。

人間であれば必ず相手が変わったり目的が変わったりすると、自然と言葉を選ぶものですが、そういうのが比較的弱めの人がいても不思議ではありません。

たとえばパソコンとワープロソフトを買えば誰でも文章が書けるようになるわけではありません。パソコンで作文する人はパソコンがなくても作文する人です。

ツイッターを始めたからみんなつぶやけるようになるわけではない、のかもしれません。特定の相手が居ないと話せない人は、ツイッターに向いていない可能性はあります。

■現在過去未来

過去を意識しているか、未来を意識しているか、現在を意識しているか、の違いで人を分類する方法があるそうです。まったく未来のことを考えない人は居ないでしょうけれど、考え方のクセで過去を重視するといった具合にです。

これがツイッターに向いているかどうかにこれが影響しているとは考えられないでしょうか。

真っ先に思うのは「なう」だから「現在型」ということです。いつも「今」を意識しているから、ツイッターのようなサイトに向いていることはあるかもしれません。

常に今を意識というか、過去や未来を意識しないということは、因果や原因と結果に興味がないともいえないでしょうか。まったく興味がない人は居ないと思いますが、比較的興味のない人はいると思います。

ツイッターに向いている人は原因と結果に興味がないのかも、って思いながらタイムラインを眺めたらどうなるのかなって、いま思ってます。

■まったくの空想ですが

今書いた2つの話は私のまったくの空想です。でもツイッターに向いている人と向いていない人がいるのは、身の回りの人間を見ているとよく思うことです。

単にネットが好きとか、SNSが好きとか、友だちが多いかだけではなく、性格のタイプみたいなものが影響していて、現在のツイッターにはある種の似た者同士が集まっていると考えたらどうでしょう。

みなさんはどう思われますか。

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