いまジュラシックパークを見てみた & 閉塞感の打破

子供の頃見て以来大好きな映画「ジュラシックパーク(1)」を借りて見てみました。

CG技術の進歩を語る上で重要な作品という印象がありますが、もしかしたら2012年の今あらためてみると粗さが目立つのかもしれないと思いました。だいたい20年前の作品だからです。

しかし全然古さを感じさせません。理由の一つには、ひよこが初めて見たものを親と思うような、刷り込みがされているからというのもあるかもしれません。自分の中の基準になっていても不思議じゃないです。

あとは恐竜の演技や演出の良さも感じます。手元で比較できる恐竜CGといえばプレヒストリック・パークのDVDがあるのですが、当然こちらのほうがずっと進んだ技術が使われているはずなのに、全体的な印象だとジュラシックパークのほうが動物らしい動きをしているように見えます。


印象的なのはDVDに入ってる特典映像のメイキングです。これからの時代はCGがあれば何でもできる、すごい時代がやってきたといわんばかりに、CGの素晴らしさが語られています。この映画はCGが売りとはいえ、CGシーンは全体の7分程度といわれています。それでもあの頃は相当なインパクトだったんでしょう。

じゃあいま現在、CGが進歩したバラ色の未来がやってきたかというと、どうもそうではないわけです。むしろハリウッド映画のネタ切れ感を指摘する人はいますし、なんでもできるCGよりもCGじゃできない表現に興味を惹かれたりします。

音楽(洋楽)の世界では80年代にシンセサイザーが一般的になって、これからの時代シンセサイザーがあれば何でもできると言われていたようです。実際には80年代が終わらないうちにネタ切れして、90年代のオルタナティブ爆発を待つことになります。

と私たちは歴史として習ったので、まるで80年代の洋楽を中世の暗黒時代のように思ってしまっていて、それは80年代を生きた人には失礼な話なのかもしれないですが。そのイマイチ煮え切らない80年代後半の状況と、CG技術の「もういいよ」感は似たようなものに思えていまいます。

そしてひとつの時代が行き詰って、別の道が見つかる瞬間っていうのは「これぞ!」ってものがあるんじゃないかと、私は思ってます。

コメント

Shu MIURA さんの投稿…
これは興味深い考察!

まあ、シンセにしてもCGにしても、味の素のような化学調味料でしかなかったわけで、ターミネーター2やジュラシックパークに代表されるようなCG映画黎明期の次に来た時代はCG礼讃、化学調味料礼讃の時代だったのかもしれません。

化学調味料だけでどこまで料理が作れるかというような不毛な時代だったように思います。

ハードウェアの性能が必ずしも面白いゲームを産みだすとは限らず、むしろ開発費の肥大化により確実に売れる物の濫造とシリーズものを食わされすぎて食べ飽きた挙句、今度はリメイク物の連発とくればコンピュータゲーム業界も疲弊するというものです。

映画の話に戻すと、たろさんのご指摘の通り、T2もジュラシックパークも意外なほどCGを使わず、ミニチュアやセットと照明の効果をふんだんに使ってるんですよね。
Shu MIURA さんの投稿…
これは興味深い考察!

まあ、シンセにしてもCGにしても、味の素のような化学調味料でしかなかったわけで、ターミネーター2やジュラシックパークに代表されるようなCG映画黎明期の次に来た時代はCG礼讃、化学調味料礼讃の時代だったのかもしれません。

化学調味料だけでどこまで料理が作れるかというような不毛な時代だったように思います。

ハードウェアの性能が必ずしも面白いゲームを産みだすとは限らず、むしろ開発費の肥大化により確実に売れる物の濫造とシリーズものを食わされすぎて食べ飽きた挙句、今度はリメイク物の連発とくればコンピュータゲーム業界も疲弊するというものです。

映画の話に戻すと、たろさんのご指摘の通り、T2もジュラシックパークも意外なほどCGを使わず、ミニチュアやセットと照明の効果をふんだんに使ってるんですよね。
taro さんの投稿…
コメントありがとうございます。

化学調味料もにたようなところがあるかもしれませんんね。

といっても、自然のものは良い、人工のものは悪い、というのは間違った考え方だとは思うんですが、

時代がちょっと行き過ぎた時なんかにその前の文化を復興しようって思う人類の創造力は見習いたいと思います。