パソコンに体を合わせる

旧軍では支給された軍靴のサイズが合わなくても文句は言えず、「軍靴を体に合わせるのでなく、体を軍屈に合わせるのだ」と、無茶苦茶な要求されたというような話が現在まで伝わっている。でもPCの操作に関してはアプリを体にあわせるのではなく体をアプリにあわせることが結構有効なんじゃないかと思うことがある。

私もかつてはOSシェル、WWWブラウザ、エディタなどのアプリを徹底的に自分好みにカスタマイズすることに没頭している時期があった。少しでも自分にとって使いやすい環境を実現するために。

WWWブラウザでいうとSleipnirが自分好みのカスタマイズを前提としたソフトで、Firefoxもアドオンなどを駆使してまったく別のアプリみたいに操作体系を改変できる。いまでも熱心にカスタマイズを続けている人が多くいる。

しかし大幅にカスタマイズされた快適な環境は所詮自宅のPCに限られたもので、それに慣れてしまうと、いざ別のPCを操作するというときに大きな障害となる。また設定が消えてしまえばその環境は水の泡となる。

あるときを境に、アプリをほとんどカスタマイズしないで使うようになった。カスタマイズなしでは使い物にならないフリーソフトは山のようにあるが、なるべくカスタマイズなしで使えることがソフト選びの基準のひとつにもなった。Windowsはバージョンが上がるごとに標準で使いやすくなっているし、Firefoxはそのまま使える。テキストエディタだったらvi系のエディタがいい。

するとよそのPCを触っても違和感なく使えるし、OSを再インストールしてアプリを入れなおしても違和感なく使えるようになった。不慮の事故で設定が失われる不安もないし、設定をバックアップする手間もない。

それにパソコンに体を合わせることになれると、新しいソフトを使い始めることに抵抗がなくなる。アプリを乗り換えたとき最初は使いにくくて仕方がなくても、しばらくして慣れたときに今までより快適になっていればそれでいいと思えてくる。わざわざ元の環境に近づけるべくカスタマイズしようとは思わない

よく巷で耳にする、Vista(7)のシェルが使いにくい、Office 2007のリボンが使いにくい、あの動作をああやって変えられたらFirefoxに乗り換えられるのになあ、のせりふを聞くたびに、そんなときは体を機械に合わせちゃえばいいのになあ、そうしたら快適な世界が待ってるのになあと思うことが多い。

たいていの場合あたらしく作られたアプリほど、過去の反省の上に改善されてるんだから。慣れちゃえば。

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