妙な表記にもすべて理由がある

新しく出版される本で、人気もあるジャンルは、読みやすいものばかりです。現在の文章の価値はわかりやすさにあるといっていいようです。

でも戦後すぐに書かれた本、戦前生まれの人が書いた本は、読みにくいものが残っています。

たとえば「ですます体」の文章の中に言い切りの文末がまじっていたりして戸惑うものです。

これは「形容詞+です」のような形が日本語では最近使われるようになったものだからだそうです。国会審議で形容詞にもですをつけようということになって、現在のようになりました。

もともと「です」も日本語では最近になって使われるようになった丁寧語だから、使い方に揺れがあったみたいです。古い使い方のほうがいいという人がまだ残っています。


たまに外来語はすべてアルファベットで表して「朝はsoupを飲み」とか「朝はスープ(soup)を飲み」のように書く人がいます。普通は固有名詞でもない単語をわざわざこうしません。

ただ単に頭が良さそうに見せるための技術にも見えます。でも、外来語は文字や綴りも含めて取り入れる、という考え方によるものだといわれれば、なるほどと思います。

ほかにも「キャメラマン」「ヴェトナム」「アメリカ語」などなど…妙な表現に出会うことがよくありますが、これらはみんな断固たる理由があってこうしているのかもしれないと思うと、文章の見方が変わってきます。

本を出版するときは何重ものチェックがあるはずだから、何かの理由があってやっているのは、よく考えればアタリマエのことです。

じゃあ、いまどきの新聞が使う「メーン」や「アイフォーン」だとか、大して難読でもない熟語を「えん罪」のようにするのは、何の理由があってのことなんでしょう…。

★私のTwitterアカウントは pupfish です★

0 件のコメント :