Twitterの(勝手に期待して)期待はずれだったところ

ツイッターについてです。始めた頃は期待してたけど、いまは全然よくないと思う点があります。

ツイッターとは何で、逆にツイッターはなにではないのか、の私なりの考えです。

■読む方は好きだけど

いままで私はツイッターのアカウントをいくつか取得して使って来ました。でもどうも馴染めなく、使いこなせずにあまり書き込まない状態が続いています。その理由はなんなんでしょうか。

まず読む方は結構好きです。いつも携帯を取り出してはいろんな方のつぶやきを読んでいます。問題は書く方です。

■使い方はいろいろあるけれど

ツイッターの使われ方、扱われ方は色いろあると思います。たとえばその人の窓口というかネット上の連絡先としては、とてもありがたい存在だと思います。そこはいいです。

ツイッターをチャットとして利用している人もいると思いますが、個人的にはあまり好きではありません。というか話したい人とはスカイプのようなソフトで、じっくり話すほうが好きです。もっといえば文字だけのおしゃべりより、音声や映像があったほうがいいに決まってます。

■ツイッターはいまをつぶやくところ

結局ツイッターで何のためのツールかというと、「いまなにしてる」を書くところなんだと思います。ツイートを見ていて、いいなって思う人はだいたいそういう人です。

もう少し広い言い方をすると、日々刻々と変化する情報を書くところ、という感じです。ニュースとか天気とか地震情報・企業からのお知らせなど、もちろん個人レベルでは今なにをしているという情報は、ツイッターの楽しいところだと思います。

だから逆に「いま、なにしてる?」を書かない人にとってツイッターはつらい。ツイッターというサービスのいちばんおいしいところがないからです。

そんなの「ツイッターは今をつぶやくところ」といままでも散々目にしてきたはずなのですが、なぜか最近になってやっとわかりました。

■ツイッターに向かないこと

そして、ツイッターは思ったり考えたりするところではないと、最近すごく感じます。思考ツールというと大げさですが、たとえば今日の予定を立てたりブログのサブとしてメモを載せたり…、TPPに対する意見を書いたり、するところではないと思うのです。

ツイッターってすごく単純に言うと140文字のテキストを1次元的に時系列で並べたものです。前のツイートと次のツイートと、関連があってもなくても特に明示されません。

人間の頭のなかはきっとそうじゃないと思います。あることを思ったらそれに関連するものが必ずあって文脈があります。

ツイートに関連する情報があったとしても、データとしては時系列以外の何の関連もなく、リストから見たりRTされたものなら前後の情報も(わざわざ探さない限り)見えないわけです。

細切れにされた情報でも、人間には前後を脳内補完して文脈を読む力はあるのですが、本当にそれでいいのかとよく疑問に思います。

理由は本当にそれだけなのかわからないけれど、ツイッターで「思うこと、考えること」は表現しづらいと感じるし、他の人のツイートを見てても、とてもその人の考えがちゃんと伝わってるとは思えないことがよくあります。

■ミニブログともいわれていた

私がツイッターを始めたときに望んでいたのことは、ツイッターの本来の機能とズレがあったのかもしれないです。

日本で流行りはじめたころ、ミニブログといういいかたもされていたせいもあったのか、勝手に期待してしまったのかもしれません。

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