北海道地震と停電の日記

「平成30年北海道胆振東部地震」発生と全世帯停電の記録


2018年9月4日夜から5日朝にかけて台風が北海道を通過した。結果的に家の周辺は大きな被害は無いのだけど、風の音がうるさくて熟睡することができなかった。たまたま次の日は仕事が休みだったので寝不足でもいいやくらいに思っていた。

2018年9月6日3時8分。熟睡しているところ激しい揺れに襲われた。緊急地震速報は揺れてから3秒くらいで鳴り響いた。

ほんの短い間、電気が消えてまたすぐに着いた。とりあえずテレビをつけてスマホでTwitterの情報も確認した。

札幌の震度は5強(のちに場所によって6弱だったことがわかる)。自分が知っている限り札幌では歴代で1番大きな地震だと思う。

そしたらまだ電気が消えた。Twitterを見ると北海道札幌人だけでなくの十勝地方のユーザーも停電したと書いてある。ほぼ同時に停電したことに妙に違和感があった。震源が胆振地方だということがわかっていたので、もしかしたら苫小牧にある大きな発電所が止まってしまったのかなと思った。

使っていないアンドロイドスマホの電池があってそれがワンセグに対応していたから少しだけテレビを見ることにした。意外なことにほとんどのチャンネルは字幕放送だけで、アナウンサーが喋ってるのはUHBだけだった。おそらく停電のせいで体制が整なわなかったのだろう。遅れてHTBがスタジオに切り替わった。発電機に不具合があって照明が使えないと言っていた。

何となく不安だったのもあるし、昨日台風から寝不足のせいもあるし、心のどこかでこれは長引きそうだという思いがあったので、とりあえず朝まで眠ることにした。



停電の朝


朝起きて確認してみたら停電はまだ続いていた。ネット情報やラジオからの情報でこの停電が北海道全体のもので、しばらく続きそうな事も何もなくわかってきた。

会社のLINEを見ると営業しないので自宅待機ということだった。

何となく落ち着かないのでコンビニ行ってみることにした。うちは水道とガスは使えるしバッテリーもたくさんある。たまたまだけど現金もおろしたばっかりだったし、3日分の食料もある。

朝7時ごろコンビニ行ってみると薄暗い店内の中で客が行列を作っていた。店内はそれほど荒れている感じではなかったけれど、ワインの瓶が落下して割れたらしく新聞紙で応急処置がされていた。

すでにおにぎりとパンはなかった。しかしカップラーメンはたくさんあるし肉類もある。米もある。レトルトカレーもある。うちはとりあえず食料に困りそうになかったので、控えめにカップラーメンとお菓子を買った。人によってはカゴに山盛りの食料買ってる人がいた。どれくらい停電が続くかわからないけど、ちょっと買いすぎだと思った。

当然だけど国道の信号も全部消えていた。よくハリウッドの映画などでシステムがダウンして道路の信号が消えてあらゆるところで車がクラッシュしまくるシーンがあるけれど、現実には信号がなくてもそれなりに通行できてしまうということがわかった。停電は二日間あったので、その間にテールランプが粉々になって交差点に落ちていたりしたけれど、大きな事故でけが人が出たと言う話を聞いていない。

地下鉄と路線バスの運行情報見たら、通常通り運行していますと表示されている。情報更新するパソコンがないから仕方ないだろう。ネットやラジオの情報でどちらも復旧のめどが立ってない事は分かっていた。とにかく電気が戻らなければ何もできない。

午後から断水するという噂がネットから広がっていたが、それは嘘情報で結果的にうちは1度も断水しなかった。

なんとなく直感的に札幌ぐらいは今日の午後には電気が戻るんじゃないかと予想していた。結果的に14時ぐらいには電気が戻った地域もあるらしい。札幌駅周辺は16時には電気が戻ったとのこと。

それをラジオで聞いていたので、まさか電気のない夜を2回も迎えることになると思わなかった。

暇なので別のコンビニに行ってみることにした。さっきより物が減っていた。ものによっては冷蔵できないので売れませんという手書きの断り書きがあって物はあるのに購入できないのもあった。

アイスクリームコーナーも当然冷凍できなくなっていて、上のほうは完全に溶けていたが、底のほうはまだ凍ってるのがあった。今買わなければしばらくアイスを食べられないと思い3つほど購入した。この次いつアイスを食べれるか、これを書いている時点でわかっていない。かなり柔らかくなっていたが食べることができた。

15時ごろスマホの通知が来なくなってるのに気がついた。

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15時00分 気がついたらネットが完全に止まってる

15時30分 冷水シャワー。びっくりするくらい冷たい。しかし上がると暖かい。

16時09分 ワンセグ観ると番組やってる。色々有用な情報を流しているがほとんどの人はテレビを見れてないだろう

16時20分 たまにスマホの通知が30分遅れくらいで来る
会社のラインも通知は来てるけど中身は見れない

17時24分 あと30分で暗くなる 夜も停電なのかな
真っ暗になったらすることなくなるから、今のうちにと思うけど思いつかない

19時00分 星が綺麗

20時00分 ペットボトルランタン有能

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今回の災害で備えが足りなかったものに懐中電灯やランタンがある。自転車のライト取り外して使えたのと100円ショップのLED懐中電灯があったんだけど、乾電池が豊富にあったので本体がもう少し充実していればよかったと思った。

結局9時ぐらいに寝た。睡眠薬を飲んだのでしっかり眠れた。その効果と前日までの寝不足のせいで朝6時半ぐらいまで途切れることなく眠った。

停電してからしばらくスマホが不安定になったので、ウェブページを見たりできないことが多かった。それでもアプリを起動して放置していると、1時間遅れでLINEが届いたりして、会社からの情報はそれなりに見ることができた。その点は良かったと思う。

朝7時か8時ごろ。スクーターのガソリンがなかったので、もしやってたら給油してこようくらいの気持ちで、ガソリンスタンドに行ってみた。当然給油できるところはなかった。
国道の信号が点灯していた。しかし他のほとんどの信号が消えたままだった。

燃料メーターはEを指していたがあと10キロ位は走りそうだったので、近所をぐるっと1周してみることにした。コンビニとスーパーで行列ができている以外、営業してそうな店舗はなかった。

神社の様子が気になったので行ってみることにした。どうやら神社周辺は役所関係の施設があるため先に電気が戻っている。境内で知り合いが作業している。挨拶するとこちらは何も言ってないのに「おお、来てくれたのか。人が足りなくて大変だったんだ。早速これを運んでくれ」という感じだった。

こちらは仕事もないので作業に加わることで気がまぎれるのがありがたかった。2、3時間ほど手伝い、家のことも気になったので理由を言って家に帰ってきた。

ラジオからは各地で電気が戻っているという報告が繰り返し流れてくる。しかしこちらは電気が通じない。町や村で電気が戻っているのに札幌市内で電気がないのはちょっと悔しかった。

2回目の夜を迎えるのは気が重かった。暗い部屋でできることといえば、横になってラジオ聞くことぐらい。そうするといやでも眠くなる。

でも20時30分ごろ、窓の外が明るくなったことを見逃さなかった。街灯がついていることを確認し、ブレーカー上げた。家の電気とテレビと冷蔵庫と一気に電源が入ったのがわかった。

毎日使っている部屋の照明がこんなに眩しいのかとびっくりするぐらいまぶしかった。

停電回復後〜


実は停電が回復する前から明日出勤可能ですという報告を会社にしていた。多分もうそろそろ回復するから大丈夫だろうという思いと、何もしないで何もしないで家にいるのは暇だと思ったからだ。

幸いなことに路線バスも地下鉄の時刻表通り走っている。移動で困る事は何もなかった。
コンビニを始めとするいくつかの店が閉まっていることと、逆にスーパーマーケットに行列ができていること以外、特別な感じはしなかった。

ところが街の中心部についてみるとやっぱり営業してない店が多い。雑貨屋やアパレルみたいに商品が腐らないお店は開いているが、飲食店は半々といったところ。

人はそれなりに歩いているので、営業してる飲食店はいつもより混み合っている感じだった。

パン屋さんはすごい行列で、お惣菜屋さんは空っぽの棚もあるけれど売り物はあるみたいで混雑していた。

結局その日はたいした仕事もできず早めに帰った。帰りの地下鉄もバスも特に問題なかった。人がいつもより少ない気はした。

今回の地震の停電で唯一足りなかったのはガソリンの残量。台風のあとに面倒くさがらずに入れておけばよかった。

ガソリンスタンドに人が殺到していることを知っていたし、うちはどうしてもいますぐ必要というわけじゃなかったから、9月9日になってからようやくガソリンスタンドを探すことにした。

運良く3番目の店舗で給油することができた。待ち時間はだいたい30分くらい。その後適当に散歩して得た情報によると、7割から8割のガソリンスタンドが営業を止めていたから、比較的苦労なく手に入れることができた方だと思う。

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